ドイツゴサイコウ

ドイツ語の仕組みについて再考するブログ

シュトーレン現象に関する一考察 2020年版

みなさんこんにちこんばんは & Frohe Weihnachten! 大変長らく放置していたこのブログですが、話題のテーマについて考察してみたくなったので今日は久々の更新です。

 

さて毎年クリスマスシーズンになるとドイツ発のスイーツが話題になりますね。近年市民権を獲得しつつあるStollenです。気になる読み方ですが、みなさんは、シュトレン派ですか?シュトーレン派ですか?

ドイツ語の読み方に則ると、本来は短母音であるシュトレンと発音されるこの単語なのですが、どうも日本語的には伸ばし棒を入れた方がしっくりくるみたいなのです。試しに「シュトレン」と「シュトーレン」で検索をかけてみると、以下のようになります。

 

シュトレンのみの検索結果 : 約544,000件 (Bing)、871,000件 (google)

シュトーレンのみの検索結果: 約1,070,000件 (Bing)、3,920,000件 (google)

 

実際のドイツ語の読み方とは逆行した結果ですね。twitterでは#シュトレン警察といったタグも見かけるなど、ドイツ語読みに則った発音を広げようとする活動も毎年起こっていますが、どうにもドイツ語から日本語に入ってくる際に不思議な力が加わっているようなのです。今日は、ドイツ語音韻論と日本語の外来語で見られる基本パターンについての研究を参照しながら、なぜ「シュトーレン」が「シュトレン」より優勢なのかについて考えていこうと思います。

 

①ドイツ語音韻論の視点から(Stollen)

専門的な言い方をすると二重子音である"Silbengelenk"が入ったこの単語。これは、基本的には短母音をマークする役割を担っています(詳しくはこちら)。というわけで短母音のシュトレンという読み方がドイツ語的には正しいのです。

ちなみに、たまに目にする高地ドイツ語方言では長母音として発音されるといった地域差によるもの説は、南ドイツ・オーストリア出身の母語話者の友達数人に聞いてみても確認されませんでした。

 

② 外来語研究の知見から (Stollen)

語中に二重子音が含まれるドイツ語の単語が日本語に借用される時には、基本的に小さいッやンが挿入される場合がほとんどです(促音化、發音化)。例えばビッテ(bitte、グリコのお菓子)、ミッテ(Mitte、ベルリンの区)、タンネ(Tanne、パン屋)、ヘッセン (Hessen、連邦州)などなど。

唯一の例外は、二重子音が"l"の場合。これは、シュトレンの例に当てはまります。ほかには、ハレ (Halle、町の名前)など。Keller (地下室)をケラーではなくケッラーと表記する人はなかなかいないと思います。①で述べたように、二重子音は短母音を示しているので、ケーラーという言い方はありえません。

というわけで、どうやらドイツ語の単語が日本語に借用される際には、"l"以外の二重子音を含む音節に小さいッやンといった「おまけ」がつくという傾向がありそうです(専門的に言うと、重音節になる傾向が強い)。同様の傾向は、英語由来の外来語でも観察されます(大滝, 2013)。

 

というわけで、小さいッが挿入されるバリエーションが観察されない理由は説明できても、ますます「シュトーレン」と母音を伸ばす意味が分からなくなります。

Stollenを日本語化するときに考えうる様々なパターン、①「シュトレン」②「シュトッレン」③「シュトーレン」の三つを実際に発音してみると、わたしは①を発音しようとするときにすごく迷います。それは、どんなイントネーションで発音したらいいかわからないから。②と③は、すぐに「ト」のところを高く発音するんだろうなあと思うんですが、①は、「シュ」の母音を発音するのかしないのか、どこにアクセントを置くのか、いまいちつかめなくて。とりあえずドイツ語の発音のままで「シュ」の母音を発音せずに「ト」にアクセントを置いて発音しているのですが、そうすると強烈な違和感が残って。なんとなく日本語っぽすぎる響きというか。存在はしないけど「首都連」かな?みたいな。というわけで、アクセント研究にも目を通してみましょう。

 

③外来語研究の知見から (アクセント①)

坂本(2005)の外来語研究の結果を見ていると、「ト」にアクセント核が来る「シュトレン」というパターンは(LLH/中高型)割と一般的みたいです。逆に、「トー」にアクセント核を置く「シュトーレン」というパターン(LHH/中高型)は珍しいとのこと。つまり、どちらかというと「シュトレン」の方が「シュトーレン」よりはよくあるパターンらしいのです。これでは、「シュトーレン」の方「シュトレン」よりも優位である説明が付きません…。この研究での五拍の外来語の分析対象が少ないことも少なからず結果に影響していそうですが。これに関しては、改めて分析が必要だろうと思います。

 

④外来語研究の知見から (Stollen)

この単語が連続子音で始まっていることと何かしら関連があるかと思って調べたところ、連続子音ではウの母音が挿入されて(sh→shu)、一拍目以降にアクセント核が来るという結果以外見つかりませんでした。これは「シュトレン」と「シュトーレン」のどちらにも当てはまる話なので関係なさそうです…。

 

⑤外来語研究の知見から (アクセント②)

一つ気になる点があるとすれば、柴田(1994)も述べている「外来語のアクセントは在来語のアクセントに同調しない」という傾向。現代の日本語には「しゅとれん」なんて言葉はありませんが、もしあるとすれば、「ト」にアクセント核を置く「シュトレン」と全く同じ発音になりそうだという想像がつきます。みなさんはどうですか?

 

というわけで今年は、「シュトレン」だとなんとなく発音が日本語と被りそうだから「シュトーレン」になる、という結論にたどり着きました。

今はまだ日本語に特有の音節構造に明るくないので、かなり主観の入ったぼやっとした結論しか導き出せなかったのが痛いところです。来年は、日本語のPhonotaktik (音素配列論)を勉強して出直します!並行して、他の日本語話者への聞き取り調査を行っていきたいところです。それでは改めて、メリークリスマス!

 

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追記: アクセントの種類を"2型"から"中高型"に改めました。(2020.12.27)

追記②:「語中の二重子音が重音節になる」という傾向を述べましたが、"ll"では小さいッが挿入されないという制約を受けて、重音節という性質を残すためにあえなく長母音を挿入するという手段に代わるという可能性が大きいと思っています。twitterでもアクセントに関しての指摘がありましたが、重音節という性質が中高型のアクセント構造に大きな影響を与えるのではないかという仮説を立てています。(2020.12.27)

 

 

参考文献:

大滝靖司. (2013). 日本語借用語における 2 種類の促音化. 国立国語研究所論集, (6), 111-133.

https://ci.nii.ac.jp/naid/110009633433

坂本清恵. (2005). 外来語の音節構造とアクセント. 論集, 1, 1-24.

https://ci.nii.ac.jp/naid/40015467224

柴田武. (1994). 外来語におけるアクセント核の位置. 佐藤喜代治編 『現代語・方言の研究』.